アンさんが「認知症一期一会」というタイトルのブログを紹介して下さいました。アルツハイマー病と診断された水木さんが書いていらっしゃるブログです。
認知症の方のお世話をする家族のお話は良く伺っていましたが、本人の書かれたものを読むのは初めてです。 アルツハイマーと診断された方の苦しみや、悲しみ、そして戸惑い、喜びが毎日、記されています。
2002年の春、私が日本に帰国した時、母は「漢字が書けなくなってきたの。脳外科で調べたい。」と言い出しました。私だって漢字をどんどん忘れているし、年取ったら皆そうよと私は気軽に考えていたのですが、母は真剣で実際、脳外科の検査を受けることになりました。結果は脳の萎縮はなし。歳相応であるとの事。
今思うと当時母は自分が以前の自分ではない事に気が付いていたのです。私は夢にも思いませんでしたが、その時がアルツハイマーの初期だったのでしょう。
水木さんの場合は「検査結果がボーダーラインにあって、 どちらとも取れる場合は黒とした方が 結果として本人のためになるようだ」という事で極初期のアルツハイマーと診断されたそうです。母の場合はちゃんと先生から病名を頂くまでそれから1年半もかかりました。それは母が亡くなる6ヶ月前です。もう少し早く分かっていたら、私達家族ももっと病気を理解できたのではないか、もっと母の苦しみを楽にしてあげられたのではと残念に思います。
母は亡くなるまで2度しか自分の病気の事を口にしませんでした。母が何を考えていたのか、何を心配していたのか、母の心の中を水木さんのブログに見るようで、涙が止まりませんでした。
料理も、洋裁も、編み物も上手だった母。その母が、自分が病気ではないかと思って毎日を不安に生きていた。もっとオープンに話し合う事が出来たのではと思うととても悲しいです。
母の病気を理解する為に、自分の為にも水木さんのブログを毎日読もうと思っています。
介護する側は先ず病人の気持ちを知らずして何ができましょう。将来自分がそうなったら、と考えると家族にも読んで欲しいブログです。
アンさんが紹介してくださったブログ:
「認知症一期一会」 認知症と診断された水木さんのブログ
「若年性アルツハイマー介護日記」 認知症になった奥様、花子さん、53歳のお世話をしていらっしゃるご主人様、スリブリさんのブログ。
認知症の方のお世話をする家族のお話は良く伺っていましたが、本人の書かれたものを読むのは初めてです。 アルツハイマーと診断された方の苦しみや、悲しみ、そして戸惑い、喜びが毎日、記されています。
2002年の春、私が日本に帰国した時、母は「漢字が書けなくなってきたの。脳外科で調べたい。」と言い出しました。私だって漢字をどんどん忘れているし、年取ったら皆そうよと私は気軽に考えていたのですが、母は真剣で実際、脳外科の検査を受けることになりました。結果は脳の萎縮はなし。歳相応であるとの事。
今思うと当時母は自分が以前の自分ではない事に気が付いていたのです。私は夢にも思いませんでしたが、その時がアルツハイマーの初期だったのでしょう。
水木さんの場合は「検査結果がボーダーラインにあって、 どちらとも取れる場合は黒とした方が 結果として本人のためになるようだ」という事で極初期のアルツハイマーと診断されたそうです。母の場合はちゃんと先生から病名を頂くまでそれから1年半もかかりました。それは母が亡くなる6ヶ月前です。もう少し早く分かっていたら、私達家族ももっと病気を理解できたのではないか、もっと母の苦しみを楽にしてあげられたのではと残念に思います。
母は亡くなるまで2度しか自分の病気の事を口にしませんでした。母が何を考えていたのか、何を心配していたのか、母の心の中を水木さんのブログに見るようで、涙が止まりませんでした。
料理も、洋裁も、編み物も上手だった母。その母が、自分が病気ではないかと思って毎日を不安に生きていた。もっとオープンに話し合う事が出来たのではと思うととても悲しいです。
母の病気を理解する為に、自分の為にも水木さんのブログを毎日読もうと思っています。
介護する側は先ず病人の気持ちを知らずして何ができましょう。将来自分がそうなったら、と考えると家族にも読んで欲しいブログです。
アンさんが紹介してくださったブログ:
「認知症一期一会」 認知症と診断された水木さんのブログ
「若年性アルツハイマー介護日記」 認知症になった奥様、花子さん、53歳のお世話をしていらっしゃるご主人様、スリブリさんのブログ。
コメント
コメント一覧 (24)
病気ってなってみないと、かかっている人の気持ちが解らないことってありますよね。
わたしも、もう少し自分に想像力があったら・・・と思うことしきりです。だからたまに病気になった時に気づかされることがたくさんあります。
体が不自由な方の日常にの暮らしにくさも自分が怪我をしてみて発見することもあります。
本人は自覚がない分たいへんです。
母も認知症にかかりました
今年の4月に無くなったのですが
水木さんのブログを一人でも多くの方に知ってもらいたかったのです。
私のブログに訪れた人全員の方に持ち帰っていただいて、ご自分のブログで
紹介して欲しいな・・・と思っていたのです。
http://suriburi.blog37.fc2.com/blog-date-20060711.html
この方は53才の奥様が認知症と診断されたご主人のブログです。
お時間ありましたらご覧になって下さいませ。
*私も涙がとまりませんでした。
1週間で退院しましたが、大した病でなくとも心細いものです。
母がこの頃老いていく事にナーバスになっているので、私もアンさんと水木さんのブログを読んで、まず知る事から始めたいと思います。
もしかしたら自分が当事者になるかもしれない。
ちょっと具合が悪くなるだけでも心細いのにずっと病気を受け止めていかなければならないというのは想像を超えるものがありますね。
出かける前紹介だけさせていただいたのです。
水木さんの「認知症一期一会」と↓の方の方が
参考になるかと思います。
http://suriburi.blog37.fc2.com/
認知症に限らず本当に病気の辛さは本人じゃないと分かりません。私は一時自分が肺癌と信じていて1年くらいとても落ち込みました。毎日空を見れる事だけでも有難いと思いました。これから年取って、看病する立場にも、看病される立場にもなりえます。両方を知る事が大切だと思いました。
初期の場合は本人もかなり自覚があると思えます。でもそういう初期って軽いので家族も気が付かない事があるんですね。母がそうでした。自分の記憶がおかしいと思い始めた頃はまだお料理もちゃんとできました。でも火を消し忘れるので、危なくて電磁に変えました。その時でさえも家族は病気だと気が付きませんでした。
私夕べ寝る前にアンさんの最初のコメントを読んだのです。それで直ぐご紹介してくださったスリブリさんのブログに行きましたら、そのまま読み続けて朝の4時になっていました。こちらのコメントのご返事もしないまま、寝る前にアンさんのブログにコメントを残しました。私が号泣したのは夕べのスリブリさんのブログです。あんなにお若い方が認知症とは、本当に怖い病気です。ご家族の大変さはどれだけのものでしょう。私は母が家事をできなくなっていった時、とても悲しいでした。その頃は私も本を読んだり、認知症のテレビを見たりで知識は段々持てて来たので、母はとても穏やかでした。認知症と私が気づくまでは、母にも色々言い過ぎた事もあり、もうすこし早く分かっていたらと思うと残念です。
歳を取ると不安な事、悪い事を考える時間が多くなるような気がします。(若い時より)やはり体力に限界を感じたり、あちこち痛くなると不安要素が増えます。私は介護をしている時、腰を悪くして真っ直ぐ歩けない状態でした。母は78歳の時に膝の手術をしてしっかりと歩けるようになり、人間の治癒力にびっくりしました。私もまだまだ治癒力ありと信じて頑張ります。
本当にね。想像を超えます。当人もそして家族の大変さも想像を超えます。認知症もケースバイケースでしょうから。でも色々読むとなんとなく共通した介護態勢が見えてきます。
Ziggyさんのご両親お元気ですね。フルマラソンとはすごい!きっとご両親未だお若いのね。
Ziggyさんは沖縄なんですね!
沖縄にサンマルクがあって鹿児島には無い!(笑)
沖縄…いつか行ってみたいところです。
ブログの紹介ありがとうございました。とても一晩で読める量ではありませんでしたので、又毎晩過去ログを読みたいと思います。
ふふっ。私沖縄出身なのですが、結婚して18年ほどアメリカ、そしてここ2年ほど主人の仕事の都合で横浜にいます。サンマルク、残念ながら沖縄にもないんですよ〜!!!
てっきりZiggyさんは沖縄出身と思いました。一体どこから沖縄と思ったのか確かめたくZiggyさんのページを見てみましたら、ふるさと沖縄でした。
ああ勘違い多いです〜。心配。
「健康は自分への最高の贈り物」といいますが
何処が悪くとも落ち込みますね。
私の田舎では「痛いとこに二番なし」という言葉があります。只今現在痛い所が一番痛い〜何処が悪くとも現在の痛みが一番の苦痛〜。
まして〜認知症の恐怖〜悲しみは計り知れないものがありますね。
渡辺謙の「明日の記憶」という若年認知症の映画には深い悲しみを誘われ涙が止まりませんでした。
chibilitsさんもお母様の病気では苦悩の日々があったのですね。
映画、是非見なくては。
症状は十人十色らしいですが、母くらい高齢の場合は症状もアルツハイマーか老人痴呆症なのか区別はつかないそうです。脳の解剖をしなければ、どちらか断定はできないとか。母の場合、本当はどちらであったのか未だに分かりません。
父の病気の方が重かったのですが、最後まで意識鮮明で介護自体はとても楽でした。実際認知症の介護をして、命を終えるのも大変な事なんだと認識しました。でも不思議に今思い出すのは元気な頃の母です。人間って辛い思い出を無意識に消したがるのでしょうか。
本人にしても家族にしても、まずは認めることの大切さを知りました。
今はまだ思い返すには胸が詰まる思いです。
本当に何時わが身という感じがします。人事ではありません。
私の方が実家にいる時間が長かったので、姉に理解させるのに時間がかかりました。初期の頃は姉は病気だと認めなかったのです。父もそうでした。二人を理解させるのに時間がかかりました。
家族の理解が先ず一番大切なことですよね。
ブログの紹介ありがとうございます。
又、コメントも読ましていただきました。
早期検査、早期発見・・・は
癌と同じです。
違うのは
癌は治る可能性がありますが
アルツハイマー病は・・・今現在
治ることはありません。
ですから
早めに薬を飲むことで
進行を遅らせる・・・といいます。
周りに・・・迷っている方がおられましたら
即、診察をすすめていただきますよう
お願いします。
ご本人水木さんのコメントを今見てびっくり致しました。コメント有難うございます。
ほんの3週間ほど前、アメリカでは画期的と言われる発見がニュースになりました。
認知症の母を持つ私としては、人事ではなくこういう医学の発達には救われる思いがします。
ニュースの内容:
病気のない人でもアルツハイマー病に見られるたんぱく質の蓄積がある。健康な人の体にはこのたんぱく質の蓄積を溶かしてしまう物質がある。
脳に蓄積されるたんぱく質のメカニズムが初めて明らかになったそうです。
一刻も早く、完治できる薬が発明される事を祈ります。
アメリカでも
日本でも進んでいます。
今すぐに使える新しい薬は
ありませんが、
やがて・・・
作られると思い」ます。
研究者も
きそっています。
母上さまに
明るいお話をしてあげてください。
では・・・又・・・
本当に完治できる薬が早くできる事を願います。
水木さんの「明るいお話をしてあげてください。」のアドバイス、有難うございます。
母の認知症は父の病気と同時進行でしたので、母の方にあまりかまってやれませんでした。それが今とても残念です。