私が幼少の頃は25人多い時は30人程の人間と雑居生活をしていました。佐賀県の薬問屋で薬剤師をしていた祖父は、結婚と同時に、お世話になった問屋から離れた、そして自分が尊敬していた西郷隆盛の生まれた鹿児島に開業を決意、佐賀県で結婚した佐賀人の祖母を連れて、鹿児島に移住したのです。

鹿児島で子供が4人生まれ(一人は結核で死亡)、子供達は鹿児島の学校に通いました。つまり家では佐賀弁、学校では鹿児島弁です。

長男、つまり私の叔父は佐賀人の叔母と結婚。父は名古屋の大学にいた時、母、名古屋人と結婚。末っ子の叔父は鹿児島人と結婚。

雑居生活をしていた私達孫達は、祖父母の佐賀弁、叔母の佐賀弁、父、叔父達のちゃんぽん、母の名古屋弁、住み込みの鹿児島弁と、実に4種類の方言で育ったわけです。 

結果成人した時は鹿児島弁のアクセントだけは、完全にマスターしましたが、本当の鹿児島弁は残念ながら未だに喋れません。聞き取りはできます。父が鹿児島弁を話さないので、どうして鹿児島弁をはなさないのかと尋ねると、「鹿児島弁の尊敬語、謙譲語を知らないから」と言いました。親は佐賀弁オンリーでしたし、習った鹿児島弁は同級生の友達からだったので、敬語が身につくわけがありません。鹿児島弁にもしっかりと敬語があるのです。

可笑しい話ですが、娘は私に「おか〜さん」と「さ」にアクセントをつけて鹿児島弁アクセントで呼びます。私はお友達とは標準語(のつもり)ですが、子供達、従姉妹、姉と話す時は一瞬に鹿児島アクセントになってしまうからです。

子供の時に喋った言葉は一生離れないのですね。