父は多趣味の人でしたが、特に写真は大好きでした。
中でも自写像を撮るのが好きで、ちょっといい格好をした日には必ず二階の洋間に上がり、三脚を使って自写像を撮っていたそうです。(母の話)

帰国した時に私がいつものように父のパソコンの写真の整理をしていると、横から「この写真はちょっと良いだろう。自分のお葬式にはコレがいいなあ。」といいます。1995年に胃癌の手術をしたものの、初期で転移も全くなかったので、私は冗談ととったのですが、今思うと父はその頃から自分のお葬式の写真を意識して写真を撮っていたのでしょう。

2003年12月18日父は肺炎で亡くなりました。年末に近かった事もあり、3日後にはお葬式と決まり、その日の午後葬儀屋さんから夕方までには父の写真を選んでおいて下さいと言われました。急いでパソコンに保存していた「我輩」のフォルダーを開いて探すのですが、私が記憶にある良い写真が見つかりません。急いで決めたのは私が撮った父が着物を着て座っている写真でした。

葬儀屋さんはその写真を元に、父の好みじゃない色の背広とネクタイを着せて何だかちぐはぐな父になっていました。首が細すぎるところだけを訂正してもらって後は時間切れ。祭壇にある大きな父の写真を見て「父はきっとこの写真は嫌だろうなぁ」と思い申し訳ない気持ちで一杯でした。


お葬式も終わって1月経った頃、父の写真をアメリカに持っていこうと思い、パソコンの写真をCDに焼き付けていると、父が一番気に入っていた写真がPicture Itのサブフォルダーにあるではないですか。写真の中の一枚は以前父がA4に印刷してアメリカにいた私達に一枚ずつ送ってくれた写真でした。パソコンにダウンロードした時、自動的に写真ソフトのサブフォルダーができてしまったのでしょう。

あれだけ熱心に自写像を撮って準備万端のつもりだったのに私は最後になって父の準備していた写真を使わなかったのです。病床についてからは一緒にいる時間は沢山あったのに、葬式用の写真の事は2度と口にしない父でした。あんなに死に近い父であったのに、当時私には未だ父が死ぬなんて思いもしなかったのです。ましてや葬儀に使う写真なんて思いもよらない事でした。

元気な時は葬儀用の写真と言っていた父が、いざ死に近づいて写真の話をしなくなったのは私達を悲しませないようにと父の最期の配慮だったのでしょう。

庭で草取りをしながらこんな事を思い出していました。