庭でピンクのバラとラベンダーを切って
午後から3人でお墓へ向かいました。
日本の私の両親が納骨されています。
父が2003年12月に、母が翌年の6月に亡くなり、「家族から一番近いお墓に入りたい」という生前の父の希望通りになりました。
1854年にできた市営の古いお墓ですが
両親がいるところは新しい区域で
周囲があいているのでまるで公園みたいなのです
娘が夕べ焼いた
チョコレートチップクッキーとコーヒーを供えて
芝にごろんと横になって
おしゃべりをしてきました
両親のお墓ができた頃
私はよくここに
家からお茶とお菓子を持ってきて
日向ぼっこをして時間を過ごすのが好きでした
両親がそこにいるような気持ちになるのです
一緒にお茶を飲んでいるような
新しいお墓ができると
行く度に同じ方に出会いました
妻を亡くしたばかりの人
子供を亡くしたばかりの人
下を向いて物思いにふけっている人
でも時が経つとだんだん会わなくなります
悲しみが薄れるからでしょうか
辛い事を忘れることができるのは良い事です
そして
私も毎週金曜日はお墓参りの日だったのに
今日は2ヶ月振りでした
墓石の前に
鉢からこぼれた種が小さな花を咲かせていました
今日もご訪問有難うございました。
午後から3人でお墓へ向かいました。
日本の私の両親が納骨されています。
父が2003年12月に、母が翌年の6月に亡くなり、「家族から一番近いお墓に入りたい」という生前の父の希望通りになりました。
1854年にできた市営の古いお墓ですが
両親がいるところは新しい区域で
周囲があいているのでまるで公園みたいなのです
娘が夕べ焼いた
チョコレートチップクッキーとコーヒーを供えて
芝にごろんと横になって
おしゃべりをしてきました
両親のお墓ができた頃
私はよくここに
家からお茶とお菓子を持ってきて
日向ぼっこをして時間を過ごすのが好きでした
両親がそこにいるような気持ちになるのです
一緒にお茶を飲んでいるような
新しいお墓ができると
行く度に同じ方に出会いました
妻を亡くしたばかりの人
子供を亡くしたばかりの人
下を向いて物思いにふけっている人
でも時が経つとだんだん会わなくなります
悲しみが薄れるからでしょうか
辛い事を忘れることができるのは良い事です
そして
私も毎週金曜日はお墓参りの日だったのに
今日は2ヶ月振りでした
墓石の前に
鉢からこぼれた種が小さな花を咲かせていました
今日もご訪問有難うございました。
コメント
コメント一覧 (54)
私は自分勝手なのかな?と考えてしまいました。
でもChiblitsさん家族はお墓参りをしますが 家の息子たちはそんなタイプじゃないしなぁ。
As for me, I've told my kids to cremate me and scatter my ashes to redwood forest and by BMW museum in Munchen that I can grow something other besides trouble. うまく日本語に訳せませんが。
私の父とおばあちゃんと死んだ犬達の写真は家に飾ってありお供えをしています。
Chiblitsさんのご両親のお墓も木陰があって、ゆったり時間が過ごせる感じ。
私がDCにいる間に新聞に載った事件で、あるGrave yardのマネージャーとそのスタッフがLotを売ってお金儲けをしたいために 無断で土を掘り起こし、何百もの棺おけごと動かしたというショッキングな事がありました。 もちろん、家族の人達の怒りはすごいものでした。
うちはお墓がありません。私の母親は18年前に亡くなり、遺骨は日本に。。。
夫のほうは…?いったいどうなっているのでしょうねー?
考えると夫のほうの家族ってなんだか縁が無いというか、、、みんなバラバラというか。
私は常々夫に「きっと先祖供養しないからよ!お義母さんがやらないのなら、私たちでやりましょう」と言っていたのです。
最近やっと夫の父親の遺灰をガレージから発見。
ようやく供養する事ができそうです。
義母はボーイフレンドとのお付き合いが忙しいようでねー。やっぱりね、、、大切にしないといけませんよね。
ところでチブリッツさんの本の出版そろそろかなと思い、アマゾンでチェックしたところ、25日に発売なんですね。絶対購入して日本から送ってもらいます!今から楽しみにしています。
貴女のご両親のお墓は アメリカ ですか、珍しいですね。
近くで親孝行が出来幸せです、私は弟が皆仕切って居ますので 遠くアメリカからは何も発言は出来ません が 30年前(その前の10年は駐在員でしたから
いつか帰るとの考えでした)アメリカにきっと永住すると思いまして 弟と2人で各自100万円出し合ってお墓を立てたんだけどもね、何が気に入らないのか 今は上野の谷中の墓地に移しています、古いのはどうなって居るかと心配ですが まぁーアメリカ生活 日本には無責任だから知らん顔ですよ〜。
お墓は色々日本では火種のタネになりかねません
と 私達は2人の家族ですから 灰にしてもらうように リビングトラスト に書きました、太平洋に眠ります。
お盆だそうで アメリカに居ると メモリアルデイがお墓参りだから。
こちらの お寺さんでは 盆踊りなどが盛んでその時にお盆を思い出させてくれます。
お墓参りに、こんなに親しみやすい行きかたがあるなんて。両親の家に遊びに行くような感覚で。
大切に想う人が忘れないでいてくれる、ということが魂になった人の安心なんですね。
そうしていつまでも家族の絆は続くのですね(^^)。
父が亡くなってもう33年になりますが亡くなった頃はchiblitsさんと同じように お墓へ毎日行って話をしていたようです。
鹿児島のお墓は どこのお墓もお花がきれいです。
いつも生花が飾られているお墓は他の地方にはあまりないように思います。
今度の土曜日に実家に帰るつもりです。
高速で6時間ですが 長崎⇔鹿児島はやはり遠いなと感じる最近です。
のんびり木陰にたたずんでお墓の前におられる写真、いいですね。
お墓へ行き 墓まわりをきれいにして 花をあげて 手を合わせて祈って(話して)またね、と小さく言って帰る、
その間 20分ぐらいのものでしょうか。
お墓の前で 半日過ごす、と言う発想がなかったです。 いい場所ですね(・_・)
会いたくても飛行機に乗らなければ会えない両親なので、私はいつも会いたい気持ちをもって暮らしています。。。赤ちゃんを育てながら、この娘とも一緒にいる時間は長いようで短いのだなと思うと今から切なくなる時があります。いつまでも一緒にいたい両親。会いたくて恋しい両親。長生きして欲しいものです。。。秋頃、娘を連れて里帰りする予定ですが、両親にも姉たち家族にも会って労を惜しまずお金も惜しまず思いっきり楽しんでよい思い出を作りたいなー、と思いました。
いつも読んでいるばかりで、コメントさせていただくのは初めてです。
いつもおもしろい話題や素敵な文章で楽しく読ませてもらっています。
ご両親の遺骨を近くに埋葬されているのですね。
なんだかお気持ち、分かるような気がします。
私も同じく鹿児島の出身なので、お墓はとても身近でたびたび訪れる場所という感覚があります。
私はお子さんたちと年齢が近いですので、まだ多少若い部類(?)に入るかと思いますが、子どもの頃から毎週お墓へ行っていたせいでしょうか。
鹿児島では「お墓参り」というより、「墓守り」という言い方をよくしますよね。
私は大阪に嫁ぎましたので、そういった点ではまったく習慣が違ってなんとなく寂しい思いもします。
ちょくちょくいける場所にお墓がなく、いつか私たちが死んだ時、ここに入るのは寂しいなぁ、なんて。
なので、主人の実家に帰るときはなるべくお墓へも行くようにしています。
主人のご先祖様も喜ぶかなって。
ご両親のお墓のある場所は本当に素敵なところですね。
ごろんと横になってくつろぐ気分を想像しました。
私は数年前に弟を亡くして一人っ子になったので、時々いなかに帰って両親に顔を見せてあげたいなって改めて思いました。
夏になるといつも実家の父が作った「にがごり」を送ってもらっています。
やっぱり父が作るにがごりが一番美味しいです。
レシピ本、まもなく出版ですね。
楽しみにしています。
ブログももちろん楽しみに読ませてもらっていますので、これからもお体にお気をつけてくださいね。
追伸:私も編み物がとても大好きで講師資格を取りました。またぜひ娘さんの作品を紹介してくださいね♪
こんにちは〜!
ご両親の眠る墓地が近くにあり、そしてそこがとっても素敵な場所・・・良いですね。
そんな所なら、お墓参りに行っておしゃべりをしてゆっくりと過ごせますものね。
お墓参りって、本来その様にあるのが理想だと思います。
日本でも最近は、明るくて公園の様な墓地が増えているようですが、一般的にはまだまだお墓のイメージは、そんな風にゆったりと過ごせる所、ではない気がします。
今、日本ではちょうどお盆が明けたばかり。
私も、家族と一緒にお墓参りに行ってきました。
私の父は、もう亡くなって24年になりますが、母はまだ元気でいてくれます。
ご両親を相次いで亡くされたChiblitsさんの、当時の心中を思うと、胸が痛みますけれど、でも、生前の充実したご両親との交流や、今の環境を考えれば、とても素敵に感じられて、爽やかで温かい気持がします。
だんだんと忘れていられることも大事。
でも、ふっと会いたくなったら、ゆっくりと過ごせる・・・
そんな、亡くなった人々との関係、場所って、良いですね。
私は生きてる両親にも9年会えてません。亡くなった義母のお墓も実家におまかせで申し訳ないとは思うのですが。自閉症児を持ってると(しかも二人)飛行機に乗ることもできなくて。親不孝なんですけど、すみません。(ここであやまってもねえ)
そちらにご両親のお墓があるのですか!
お墓参り、良い事ですね!
ご命日18日ですか!
私は誕生日が18日ですよ!
私も父を亡くしてまして、
私は東京に住んでいてお墓は千葉県にありますが!
電車で駅までは比較的近いんですけど、なかなか行かれません!
駅からとても遠くて交通もないので、自分で車でも運転できないと行かれないんです!
私はゴールド免許の優良運転者ですが、ペーパードライバーです!
アメリカの墓地って明るくて公園にいるようなかんじで良いですね!
日本のお墓って・・・お掃除、お参りしたら、すぐ帰りたくなります!
そちらでも3分クッキングやってるんですね!
おもしろい!
私も過去に同じ勘違いしてましたよ!(笑)
3分クッキング・・・!
最近はお墓も明るくて高台でお日様があたるような所が増えて来ました。
お嬢さんお料理を学べていいですね、娘は何も出来なくて困っています。
お墓っていっても、日本のように暗いイメージではなく
お散歩のコースにもなっている、
花が咲き乱れているきれいな場所でした。
ご両親のお墓が近くにあるのはいいですね。
私の両親は自分たちが死んだら、
宗派にとらわれない共同墓地に埋葬して欲しいと言っています。
うちの両親らしい物言いです。
タイトルの絵がまた優しい絵に変わっていたから、「ああ〜、いい絵だなぁ」と思って。
葉祥明さんみたいな柔らかい透明度が、娘さんの絵の魅力ですね!
カリフォルニアのRedwoodの下というのはわかるけど、ドイツのBMW博物館の近くっていうのにはふきだしてしまいました。どうしてここなの?
私は死後は土に返るだけって思いたくないのかも。まだ両親は私の仏壇に宿っていて家族を守っていてくれてるんだって信じたい気持ちが強いからでしょうね。私がいつもこんな話し方ばかりするものだから、じいさんも子供達もすっかりその気になってます〜。
我が家の隣のおじいさんも灰は散らしてくれという遺言でしたね。でもどこだったか覚えていません。え〜っ?って言ってしまうような場所だったと思う。
確かに明るいですね。 私このお墓を見つける前にもう一箇所候補があったのですが、ここは垂直に立つ墓石はだめだったのです。全部芝に植え込むタイプの墓石だけ。流石にここはもっと明るかったですね。だって遠くから見たら芝に埋まっている墓石が全く見えないで広い広い芝の公園にしか見えないの。その真ん中に大きな噴水があるのだけど、とても明るくて綺麗でした。でもね〜〜私としては矢張り立っている墓石が好きです。
あっ!!そのニュース私も見ました!!!もう掘り起こしていましたよね!あれはどこだったのか記憶にないのだけど確か南部の州でしたっけ?家族のお墓がそんなことになるなんて!!それは怒るでしょう。
うちのじいさんも似たようなものです。じいさんの方は母親が大学生の時に亡くなり、(結婚前)モンタナ州にお墓はあるのだけど、父親は再婚して20年前に亡くなり二人のお墓はモンタナ州。実家はとっくにないので最後に家族でお墓参りにモンタナに行ったのは1987年でした。ってことは22年お墓参りをしていないことになります。私はそれが凄く気になっているの。でもリビングルームに自分で作った仏壇にじいさんの両親と私の両親の写真をおいています。矢張り日本人なのよね〜どうしても供養をしないと落ち着かないのです。ガレージの中にってそれ分かります。結構アメリカ人は多いのですよ。日本人に話すとびっくりするかもだけど、がれーじじゃなくてリビングにおいている方も知っています。
次女も一緒に拝見しました。
次女も「ええなあ、こんなお墓。ピクニックやん。」ですって。
素敵な場所ですね。日本の文化との違いを感じます。
私は若い時というか、50過ぎても両親のお墓をアメリカにって思っていもいませんでした。父は私の祖父母のお墓に入るとばかり思っていたのです。でも父は3男なので、日本では長男しか本家のお墓に普通は入らないってこと、知りませんでした。でも長男の叔父夫婦、いとこ達も父に本家のお墓にはいって欲しかったみたい。父は親戚皆から好かれていたのね。でも父はきっと分かっていたのでしょう。アメリカじゃないと孫達が来られないだろうって。凄くさびしがりやなのです。でも今になると本当にそう決めてくれた父に感謝です。
私も珍しいと思っていたのですよ。
ところが両親のお墓の直ぐ近くに「山中家の墓」(偽名です)って日本語で書いてある墓石があって、管理の人に聞いたら、私と同じように、娘さんがご両親の遺骨をこちらに移したそうなんです。きっとこの方のご両親も生前、アメリカに遊びにいらしていたのでしょう。遺骨を海外に持ち出してアメリカの墓地に入れるというのは書類が面倒で時間がかかりました。日本ではお墓が火種になるのですか。私達もそろそろリビングトラストを書かなければ。60を過ぎたらと思いながら、未だにしていません。
coucouさん、今静岡にいらっしゃるのですか!!楽しい帰国中ですね!ご両親も、さぞかし嬉しいでしょう。沢山日本の美味しいものを召し上がって楽しんでくださいね。
お墓の前で日向ぼっこしながらお茶を飲むなんて、日本では見かけない光景ですが、とても素敵なことのような気がしました。
私たちも6月に私の母方の祖父母の法事へ行き、7月には私の父方の祖父母のお墓掃除&お参りに行きました。夫は両方とも今回が初めてでしたが、一緒に行かれて嬉しかったです。私自身もずいぶんと久しぶりでした。
今は子供の頃と違った気持ちでお墓参りをしています。よその家のお墓を見ても、きれいにしてらっしゃるところは、きっとご家族幸せに暮らしていることだろうなと思います。わが家もそうありたいです。
私ね、高校生の頃、お墓の前で死んだ祖父に
よく相談事してました。
祖父は私が生まれる前に死んじゃったから、
会ったことないんですけど。
でも、いつもそばで見守ってくれているような気がします。
今でも本当に困った時の一番の相談相手かもしれません。
あまり答えが返ってきませんけど(笑)
トップの絵変わりましたよね?
とっても素敵です。
ここにchiblits さんのご両親が眠っていらっしゃるんですね。chiblits さんのご家族が訪れるのを、それはそれは楽しみにしていらっしゃるでしょうね。
私も、こんな素敵なお墓に入りたいなぁ〜〜
タイトルの絵・新しくなったんですね。
この感じ・・・お嬢さん作ですよね(*^_^*)
まるで絵本の挿絵のようですね。心が、ほんわかとしてホッとする、いつも私の心を動かして目に焼きついて離れない絵!!素晴らしいです。
悲しみが薄れるからでしょうか
辛い事を忘れることができるのは良い事です
うちの娘は、生まれてすぐの子供たちや産声を上げることなく生まれてきた子供たちと一緒に共同墓地に入りました。
そういえば、ここ2ヶ月くらい、忙しくて足が遠のいてしまっているので、今日はこのブログを読んだら、娘のところへ行って来ます。
私は、辛いことを忘れることはできません。悲しみも薄れることはありません。
ただ、「辛いことを抱えながら、毎日を必死に生きていかなければならないのだ」という思いがあって、毎日がどんどん忙しくなるから、娘に会いに行く時間と心の余裕が減ってしまったのです。私にとって娘のお墓は、娘との唯一の接点であると同時に、いつまでも心が痛み、行くだけで心を消耗してしまう場所でもあるのです。
広々とした墓地で、みんなでお茶を飲みながらお話なんて、故人も参加しているようでいいですね。「そんなお墓だったら、もっと夫と二人で訪れやすいかもしれないな」と、ふと思いました。
素敵な日記をありがとうございます。
アシスティブテクノロジー、アップしました。お忙しいところコメントありがとうございます。よろしかったらどうぞ。
↑私、実はリビングトラスト作りました。子供が障害児だし、こちらに身内もいないから、万が一のために。CAは何もしないと州が財産を没収してしまいますから、思い立ったが吉日で始めてみては?時間と労力、弁護士立てるとお金もかかりますが、やっておくと安心ですよ。
両親の老いを感じ始めてから異国に住む娘として
両親のために何ができるだろう、と考えてやったことは
毎日朝ほんの短い電話ですが「おはよう」の声をかけること、
そして我慢強すぎる母の心の中にある不安や心配を
できるだけ軽くしてあげることなど心がけました。
またChiblitsさんのご両親のご希望のことのように、
両親が亡くなったあとどうしてほしいのか、
きちんと話を聞いておきました。
両親は郷里が一望できる山の共同墓地に埋葬しました。
私も夫もお墓に対しては思い入れはなく、
できれば今住む家の裏庭に遺灰をまいてもらうのが希望です。
異国を訪ねられなかった両親に毎週のように
写真を撮っては近況を伝えていました。
写真を送る両親が亡くなってからは
あまり写真を撮ることがなくなりました・・・
Chiblitsさんはご両親が訪ねてこられて
たくさんの楽しい思い出ができてよかったですね。
思い出は何物にも変えがたい宝物だと思います。
私の灰の半分をBMW博物館の近くの理由はアメリカに来てすぐに惚れた車が70年代に作られたクーペ。ずーっと恋焦がれて10年ほど前にこれ('71の3.0CSi)
と言うのが見つかり家のドイツ人がやきもちを焼くほど磨いたり眺めたり運転したりでとにかく大好きなんですよ。BMWのクラブに入って20年目。他の車も買いましたが欲求不満になってしまうんです。私の運転スタイルにはBMWが一番。古い車しか買えませんが 味があって好きです。
お話三昧が最高です〜〜!
私達家族もどこかにでかけるより話し込むのが一番の楽しみでした。お正月アメリカから実家に電話をしても誰も出ないのです。お昼になっても。もう私はびっくりして、近くの叔父に電話をして姉も両親もいるはずなのに見に行ってって頼んだら、前日朝まで喋りこんで明け方寝たらしいの。全員寝ていましたわ!
子供達が直ぐ近くにいる94歳の叔父夫婦は元気です。私の両親も私達が直ぐ近くに住んでいたらもっと長生きできたのにと思うと悲しいです。凄い!おば様がパソコンのお勉強ですか!!
本当に綺麗なお墓です。私は日本のお墓のことはさっぱり分からないのですが、日本のお墓より凄く安いです。(日本のお墓のお値段をちょっと聞くところによると)そして管理費とか全く要りません。 管理人の話によると、市の教育予算でまかなわれているそう。お墓と教育?ってよく関係が分かりませんが。無塩仏になったところも綺麗にしてあります。
鹿児島はお墓をとても大事にする県なのですよ。それで昔から私もお墓を大事に思う習慣がついているのかも。
私も鹿児島のお墓にはびっくりします。そして鹿児島ってお墓が多いですよね。うちの近所にも散歩をしているとあちらこちらで小さいお墓を見ますよ。 そしてどれも真新しいお花が沢山供えられています。夏の日も、絶対に毎日が一日おきには新しい花に取り替えられている感じです。そういえば私の知人、奥様をなくされたのですが、月の花代は4万円って仰っていました。皆さんがそうなので枯れた花がそのままになっているのは恥ずかしいって。へ〜そんなプレッシャーもあるんだ〜と思って聞いていました。私はいつも庭に咲いたお花、庭でとれたお野菜持参です。
本当にそのお気持ちわかります。
人間何があるかわからないでしょう。特に私の歳になると。今楽しめる時に家族と一緒に過ごす時間を大切にしたいって心から思います。2年くらい前までは娘への期待感も大きかったりして、色々注文があったのですが、それが娘にプレッシャーになっていたのですね。今はじいさんへも娘へも何も期待感を持たない気持ちになって自分の気持ちが平穏になり、娘もここに帰るのが凄く楽しみのようで嬉しいです。今の時間を大切にしたいと思うようになりました。
初めまして!いつもご訪問有難うございます。
本当に鹿児島の人はお墓を大切にしますよね!日本で一番じゃないかしら。
どうしてでしょうね。私の祖父母は佐賀から鹿児島に移住したので、先祖は鹿児島ではないので、本当の意味で鹿児島県人ではないせいか、それほどお墓参りはしていないのですが、両親の代になってからは鹿児島人の影響をうけたせいか、お墓はとても大事にしていましたね。墓守という言葉も聞いた事があります。お父様がご自分で育てたお野菜を送って下さるなんて!!素晴らしいですね!!晶子さんの温かい家族関係が見えるようです。
娘は最近編み物を休憩中です。今はちょっと暑いものね。
本当に近くてとても便利です。車でほんの5分なんですよ。自転車でも行こうと思えば行けるくらいです。ちょっと坂がきついかな。
鹿児島のお墓は実家からちょっと遠いのです。バスを3回乗り継いで、最後は坂道を30分歩いて。お墓のお掃除に行く時にはこれに道具持参でしょう。大変でしたよ。でも垣根を切るのが大好きで、綺麗に切って帰ると親戚から喜ばれて嬉しかったです。
私、ここに来るといつも涙がとまらなかったのです。色々最後の両親を思い出して。でも最近は涙が出なくなりました。辛いこと、忘れるんですね。今は両親とお茶を飲んでいるだけ、それだけ想像しています。
思いつきもしませんでした。飛行機に乗れないこと。そうなんですか。そういう事も矢張り経験がないと分からないものですね。実は娘もあることがきっかけで1999年から飛行機に乗れなくなっています。又一緒に実家にゆっくり帰りたいのですが、無理みたいです。先ず一緒にLAあたりに飛んでみようって話しているのですが、未だ実行していません。娘も祖父母のお葬式に行かなかったこと、ず〜っと心にひっかかっているようです。きっとそういう気持ちがあるからでしょう。今回も実は私、日本のお盆のことすっかり忘れていて、娘がお墓参りに行こうと言い出して、そうか!お盆だ!!行かなくちゃ〜だったのです。
じいさんのお誕生日と私の父の命日が全く同じ日なんですよ。みえさんも18日ですか!
日本のお墓は普通遠くにありますよね。
姉達のお墓(東京在住)もお墓参りは一日がかりです。確か千葉のほうだったような。
鹿児島の実家のお墓も凄く遠いです。車でいくと近いのだけど、私は日本では運転しないので。
あははは!!みえさんも3分クッキング勘違いしていましたか!!
此方に永住の身としては、亡くなった人に思いをはせて安らかな永眠を祈るのみです。
墓地の花と言えば32年前アメリカに着いて、シカゴからアーカンソーまで車で移動した際、ハイウェイ沿いの墓地に、真夏(8月中旬)だと言うのにきれいな赤、黄色、ピンクの花束が墓標の傍にお供えしてあり、皆様の亡くなった方へのお供養の心に感心して思わずそのことを言ったら、運転中の夫が“よーく見てご覧よ。ホンコンフラワー(造花)だよ”と言った時は驚くやら、おかしいやら、哀れやら、不思議な気持ちでした。 夏の間だけかもと思ったのですが、そうでもないみたいでした。
日本のお墓は流石に立派です。どれを見ても。
その点アメリカのは墓石のサイズの制限もあり、全体的にみたら綺麗なのですが、個人的には物足りない感じかも。
ムームーさんのお嬢さんもお料理嫌いですか。でもお料理は嫌いでも他に一杯いい点がありますよね。それを見ることにしましょう。
宗派にとらわれないといえば、このあたりでもカトリックだけのお墓とか結構ありましたね。仏教徒の場合は入れるけれども墓石にはカトリックのしるしを刻まないといけないとか。
でもここは市営なので宗派にとらわれず、何語で書いてもいいので嬉しいです。アラビア語も中国語も色々あります。日本語も。
有難うございます。娘にEaさんのコメントを話したら、Yay〜って書いてきましたよ。(チャットで)
前のボートの絵は我慢できなかったらしいの。嫌いな絵だったそうで、お願いだからこれと変えてって言われたのですよ。
お嬢さん、すばり!!
私もね、この日記のタイトル、「お墓でピクニック」にしょうかと思っていたんですよ。でも今お盆でしょう。ちょっと軽率かなと思って止めたのだけど、本当にピクニックだったんですよ!
私は鹿児島のお墓でよくしましたよ。というのはお墓が遠くて一日かかり。お墓の周りには飲食店が全くなくて、姉とお墓参り、お墓のお掃除に行く時はいつもお弁当持参でした。 実家のお墓は石で座るところもあってゆっくりできるのですが、流石に寝そべることはできませんね。お花屋さんはず〜と並んでいるのに、食堂はなし。お墓でお食事するような人はいないのでしょうね。最近は皆さん車だから。
鹿児島の人は凄くお墓を大事にしています。新しいお花が絶え間なく供えられて。私、Sanaeさんの両方のご両親にお会いしましたものね。何だかお話に親近感を感じます。
あちょさんもお墓でお話しますか。
私もよくします。行くとね、殆ど人がいないのですよ。一人か二人、しかも遠いので私が一人でぶつぶつ言っても聞こえない距離なので私、声を出して喋っていますよ。
時々ふと、両親がいなくなったって信じられない気持ちになるときがあります。そんな時、家に電話してみようかなって思うの。一度したんですよ!そしたら誰もいない実家だから誰も出るはず無いのに姉が出てたまがった〜〜!鹿児島に帰っていたんですよ!
私ね、ここに入る予定なのです。実は私の名前も入っているの。既に。変な言い方なんですけど、ここならいつ入ってもいいなぁ〜って思うときがあります。お墓でそんなに娘に言ったら黙っていたわ。
そうです。娘の絵なんです。前の海の絵は、我慢できないって。嫌いだったみたいです。お願いだからこれに変えてって言われて。ははは!私はどちらでもいいのだけど。
親が先に逝くのは仕方がない順番ですが、子供を亡くす悲しみは私には想像もつきません。らくだのせなかさんのお気持ちを想像するだけで涙が出てきます。でも悲しいことにこの世の中は順番が狂うことがあるのですね。理由は何であろうと、子供を亡くすほど悲しいことはないでしょう。姉も生後4ヶ月で一番最初の子を亡くしました。子供は4、5人欲しいと言っていた姉ですが。今女の子が一人います。
今拝見してきましたよ!!
色々な方法が試されるのですね。カーリーさんと同様、これがだめならあれをと色々な方法を試みるのですね。カーリーさんのように11歳までスペルができるかどうかもわからなかったのにちゃんと文をタイプするのは全て今までの試みが無駄ではなかったということでしょう。
リビングトラスト、書類を書いてくださる方はもう決めてあるのです。お友達の紹介で。ぐずぐずしないで早くしなくちゃね〜。こういう事ってどうしてかな、じいさんがぐずなんです。私はもともと持病が多いし、早くすると安心なのですが。
日本とアメリカの距離は余りにも遠いですよね。段々歳をとると長時間飛行機に座っているのはきついです。それでも父は75歳まで孫達に会いに来てくれました。長男が大学に入った年でした。一緒に大学の寮まで送って行きました。その頃母はもう長旅はきついといって最期に来たのは68歳の時でした。私もいつまで日本に帰れるのか、分かりません。
Kinuさんのおさびしい気持ちがわかります。私もふと実家に電話をしたくなる時があります。電話番号、指で覚えているのです。姉が実家に帰っているときは嬉しいです。前のように電話をして前のように誰かが出てくれると。
Makoさん、車に詳しいかた私、尊敬します。道路に走っている車をみても何が何だかさっぱり分かりませんわ!!BMWも分かりません!!
それにしてもMakoさん、面白い!!ドイツにいらしたときにBMWに恋したのですはなくて、アメリカに来てからですか。私はてっきり、ドイツで恋したのかと思いましたよ。
最近の車って、Toyotaもnissanも韓国の車も全部同じに見えるんですけど。
そういえば私もモンタナ州のお墓で見たのは殆どホンコンフラワーでしたね。
でもこのお墓では不思議に一つも造花を見ないのです。 そして割と新しい花が供えられているのでちょっと意外に思っています。流石に古い墓石の辺りはお花が入っていませんね。きっと無縁仏になっているのでしょうね。
さびしいなぁ〜〜〜私のお墓だって来てくれるのは娘の代だけですものね。 でも娘が自分もここに入りたいって言っていましたわ。
って、前にも書きましたね。(笑)
私も13日と8日(命日)にお参りして来ましたが、こんなノンビリした
風景ではなかったです。
車が渋滞して、警備員が出ているんですよ。息子が運転していたので
縦列駐車も難なく停めてくれましたが、アハハ〜私だったら諦めて帰って
来てたかもしれませんね。
(息子が帰ってくるまでは、渋滞を避けて5時半頃行ってたんです)
ロベリアの種がこぼれたんですね。我が家もアチコチから芽を出し咲いて
います。フフフ〜種を蒔いても咲いてくれない時もあるのにね。(笑)
アメリカのお盆は5月なんですよ。矢張りこの前後はお墓のお花も綺麗です。でも今頃は鉢植えのお花も少なかったです。暑いから枯れちゃうんでしょうね。一週間に2度くらいは芝のスプリンクラーがつくと思うけど。
わ〜道路が渋滞になるほどなんですね。息子さん運転でよかったですね。うちの息子は暫く帰っていません。
ロベリアって本当に気まぐれです!自然に出るのが好きみたい。私はね、自然に出てきたのを移動しているんですよ。香采みたいに。