再び東北大震災被災者支援のバザーのお知らせです!
今回は被災地に物資支援の活動をしていらっしゃる「暖愛フロムシリコンバレー」さん達の主催です。
12月11日 Atherton市で10時〜2時半まで。
詳細はこちらをご覧下さい。

消費者はどれが遺伝子組み換え食品であるか知る権利があることに賛同の方は ここからFDAに貴方の声を送りましょう。 

アメリカのエネルギー源を2030年までに再生可能エネルギーに変える嘆願書を2013年に議会に提出する予定だそうです。 その署名はこちら  

devider

先日久し振りにフリムン徳さんからお便りがありました。
読んでびっくり!!
11月に日本に帰国していらしたのですよ。
しかも日本で倒れて2日間も意識不明になられアメリカからもご家族が呼ばれたそうです。
ところが矢張り底力のフリムン徳さん
お元気になり太平洋を越えて自宅に帰り着いて
再びエッセイが書けるほどに回復なさいました。
今日は久し振りでフリムン徳さんからお便りです。

2日間の天国旅行

 飼い猫フリムン太郎の話を聞いて、胸がいっぱいになり、思わず涙がこみ上げた。フリムン徳さんが日本へ旅行に行って、4日目の10月21日にアメリカの嫁はんから電話があった。 「フリムン太郎は、毎日、玄関に置いてあるフリムン徳さんの靴の臭いを嗅いでから、主のいないフリムン徳さんのベッドへ飛び上がって、ちょこんと座っ ている」と言う。
 
 フリムン徳さんが近寄ると、用心してすぐに逃げるあのフリムン太郎が、である。エッセイがうまく書けないと、フリムン太郎をいじくり回すので、家の中では、フリムン太郎はフリムン徳さんをいつも警戒している。フリムン徳さんとは一定の距離を置いていた。フリムン太郎はフリムン徳さんを嫌っているに違いないとフリムン徳さんは思っていた。

 フリムン太郎の様子を聞いて、涙を流しそうになったフリムン徳さんに、沢山の人が、驚きの涙を流す大変なことが日本で起きた。フリムン徳さんが呼吸困難で倒れて、病院へ担ぎ込まれたのである。
すぐに二人の医者から爆弾発言があった。
 「もう、この人は死んでいる」−−−−初めてフリムン徳さんを診た医者
 「あと2時間しか持たないだろう」−−−−フリムン徳さん担当の医者
お袋と二人の弟が住んでいる奈良県大和郡山市にある病院でのことである。

「黒い靴下がない、葬式どないしよう」と大阪の妹や、二人の弟は慌てふためいたらしい。アメリカにいる嫁はん、生まれ故郷喜界島、東京、大阪の親類縁者、フリムン徳さんの友達、知り合いに、「徳市、危篤」の緊急電話が鳴り響き、続々と病院に集まってきた。

 病院に担ぎ込まれたフリムン徳さんはすでに意識はなく、天国の入口に立っていた。勢ぞろいしたウヤフジ達(ご先祖様)とフリムン徳さんは対面していた。フリムン徳さんの育った故郷喜界島小野津村で子供の頃、聞かされた話そのままの天国の入口であった。
「人が死ぬと、ウヤフジ達が勢ぞろいして、天国で待っているから、何も心配することはない、怖がることもない」と、村で葬式の度に、おじいさんやおばあさんによく聞かされていた。この度の天国旅行でも、聞いていた通り、沢山のウヤフジが目の前の三途の川の向こう岸に沢山並んで待っていた。三途の川は水の流れのない川だった。

 フリムン徳さんを迎えに来ていたウヤフジ達は全員が丸坊主で、白人のように、色が白かった。皆さん、優しそうな、そして、ぽっちゃり太っていて、一人も痩せたウヤフジはいなかった。笑顔でフリムン徳さんを迎えてくれた。よ っぽど、天国は裕福な国らしい。そして、フリムン徳さんを向かえたウヤフジ達はモダンであった。ウヤフジ達の横に、医療器械のCTが置いてあったのである。彼らはフリムン徳さんに「お前はこの中に入れ」と命令した。

 目の前に勢ぞろいしたウヤフジ達の大きな顔は目でよく見えたが、CT器械は目というより心で見えた。天国では目は見えるが、耳は聞こえなかった。ただ、心で聞こえるので、ウヤフジの言っていることは理解できた。ウヤフジ達の「このCTに入りなさい」という声は耳に聞こえたのではなく、心に聞こえたようだ。あの世では耳はいらないらしい。心で見ることも聞くことも出来るようだ。

「よう、生き返った。」
と大勢の見舞い客の、驚きの涙と嬉し涙がフリムン徳さんに降りそそいだのは、天国旅行から帰って、目が覚めた3日目の病室だった。皆さんの口々から出るこの世の言葉を聞きながら、フリムン徳さんの頭の中にいろいろ考えが浮かんだ。

* 皆さんの祈りや呼びかけが通じた。祈りや呼びかけには、生き返るのに効果があった。
* まだ、この世でやらねばならないことがあるから、天国から返されたのだ。
  「エッセイの達人になりたい」と寝る時に自己暗示の言葉として口ずさんでいることがウヤフジに伝わり、「徳市よ、もう少ししゃばで頑張れ」と 「天国入国許可」がもらえなかったのである。
* フリムン徳さんは一度天国の入口まで行って引き返したのだから、あと30年、100歳まではお呼びがかからないかも知れない。いいことか、悪いことか、どうしよう。
* フリムン徳さんは、葬式代がないから、天国入国を断られたのだ、という声も聞こえたが、これは当たっている。
* お前見みたいなフリムンは天国はお断りだと、笑わせる人もいた。
* あんたは、エッセイによく、ウヤフジのことを書くから、ウヤフジが助けてくれたんだ。
* あんたのお父さんは若く(57歳)で死んで、生前、お世話になった人や親友に何の礼を出来なかったが、あんたはお父さんの代わりにその人達に お礼をしてくれた。死んだお父さんが今度はあんたにお礼として、生き返らせてくれたのだ。 
 
 3年間待ちに待って、そのための来日だったのに、「同級生全国大会in東京」には出席できなかった。再会を楽しみにしていた同級生に申し訳ない。フリムン徳さんの人生で最も大事なそして、もっとも楽しみにしていた集まりを、急遽キャンセルして、奈良の病院から予定外の「天国旅行」に行ってしもうた。そこではウヤフジと面会できた。フリムン徳さんはウヤフジに生かされていると、確信して帰ってきた2日間の天国旅行だった。
トットゥ ガナシ、ウヤフジ ガナシ!!
 
by フリムン徳さん
プリムン徳さんはエッセイ本「フリムン徳さんの波瀾万丈記」を出版されています。

2011_10_07_tokusan
                         

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