Ed Markey 氏(D-Mass.)の放射能汚染廃棄物のリサイクルを止めるという計画HR 2032に賛成の方は署名をお願いします。 リサイクルで放射能に汚染された金属が私達の身近な生活に入り込んでくるのを止める為の計画です。 署名サイト
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devider

コロラド州山火事の6月14日午前7時の時点では 
64km2(15700エーカー) 焼き尽くし
379棟の住宅が全焼。 9棟が半焼。
現在火事の封じ込み率は5%。
4万1千人が避難中
消防夫の数 800人
ここから。

私が義理姉夫婦と初めて会ったのはモンタナの高校の卒業式でした。
ご挨拶をしただけだったと思います。
私がカリフォルニアに住むようになってからも
姉夫婦は遠くコロラド州に住んでいたので
殆ど話をすることもありませんでした。
ところが1992年 建設業をしていた義理兄が
我が家の建て増しをすることになったのです。
それまで2回のリフォームをしたのですが
2回とも無責任でいい加減な仕事をされた苦い経験があったので
私のデンタルラボを増築する時は義理兄しかいないと
じいさんが決めたのでした。

私はこれにはかなり抵抗がありました。
どのくらいの期間かも分からずに大工さんと同居という事ですよ。
朝食 昼食 夕食のまかないは私の仕事になるのですよ。
当時私は歯科技工ラボで独立して3年目
とても仕事で忙しくなってきた頃でしたから
その上 義理兄と同居して三食のまかないをするなんて
とんでもないと思ったのです。
しかも途中 同業の甥(息子)まで手伝いに来ると言うではないですか。
それでも過去2回リフォームの苦い経験があるので
しぶしぶと同意したのでした。

そして未だ冷たい雨が降る2月にBroncoという大きなアメリカのバンのような車にトラックを引いてコロラド州から義理兄がやってきました。
建築業というイメージで粗っぽい強そうな人を想像していたのですが
温和な静かな話し方をする人でした。
工事が始まって直ぐ 雨で苔が生えていた屋根の上で
滑り手首の骨を折ってしまいました。
それから一ヶ月以上ギブスをはめて仕事が全くできない状態でした。
その間 IT製品が好きな義理兄とじいさんは暇があると
パソコンのお店に通っていたように思います。

骨折した手で仕事をして大丈夫なのかと心配しましたが
それから8ヶ月後の10月には工事も完成し
楽しい思い出を沢山残して帰っていきました。

8ヶ月の間に 甥が熊のように大きい
ブーヴィエ・デ・フランドルという犬を連れて
建築の手伝いをしてくれたり 
ベイエリアでエンジニアの仕事を探しに来た姪が
(あの例のロッククライミングの姪ですよ!) 
最後のペンキ塗りの手伝いをしてくれたり 

2013-06-14-painting

最後は義理姉まで来て一緒に屋根を作ってくれました。
勿論 私も屋根に上って瓦を並べましたよ。
私が家を建てるプロセスの中で
ここだけは作り方を知っていると自信を持って言えるのは屋根つくりです。

2013-06-14-roof


食事のまかないは最初は大変でしたけど段々慣れて
今思うとカレーライスばかり作っていたような。
義理兄が一番好きになったのはトンカツでした。

最後にペンキ塗りが終わって義理姉夫婦をハワイへ休暇に送り出した時は
私達も義理兄に頼んで本当に良かったと思いました。
義理姉家族全員とちょっとの間だけでも同じ屋根の下で過ごして
家族と感じられるようになった体験はとても良かったです。
それ以来義理姉とはレシピを交換したり。
そうそう 3年前だったか
弟(みたいな人)と結婚してくれて有難うとまで言われましたよ。
(みたいな人)とは書いてなかったですが
きっとそういう意味でしょう。

当時を思い出しながら
事態が最悪の場合になったら
今度は私達が家作りの手伝いにコロラドに行くようになるのかな。。。
なんて思ったのでした。

でも今朝のニュースによると家が焼ける可能性は小さくなってきたように思えます。このまま広がらずに早く封じ込み率100%になりますように。


今日は長いエントリーを最後までお読みくださり有難うございました。 
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