
カリフラワーを和風で
1972年
片道740ドル クリーブランド号の一番安い部屋でした
横浜からサンフランシスコまで2週間の船旅です
出航の日 鹿児島から来てくれた両親
結婚して東京に住んでいた姉夫婦
東京でお世話になっていた大家さんご夫婦に
一人娘のKちゃんが見送ってくれました
皆 テープを渡されて デッキから見送る人達に投げていましたが
私は何でも投げるのが下手なので
投げませんでした
テープは自分の家族をめがけて投げないといけないと思ったからです
それより大勢の中に家族を見つける方が大変でした
汽笛が鳴って 段々岸から離れて行く時
涙は出ませんでした
将来の夢が膨らんで嬉しい気持ちや不安や
色々な気持ちが交錯していました
部屋に戻ると 4人部屋のルームメイト達が
一人二人と戻ってきました
小さな部屋に2段ベッドが2つです
一人はテキサス州の大学に戻る途中の20代
見るからに勤勉そうな学生さん
二人目は岡山市からの親睦交換大学生
岡山市とサンホゼ市と姉妹都市だと初めて知りました
彼女とだけは数年後に再会しました
3人目はカリフォルニア州でホームステイの20代
色の白い子でカリフォルニアは2度目と言っていました
この子がね
スパイスの効いたタコスが美味しいと教えてくれたのです
そんなことしか覚えていない (笑)
ほぼ自己紹介が皆と済んだ最初の夜
私は大変な目にあってしまいました

(ハワイに寄港した日)





お手数をおかけしますが
色々とクリックしてくださると嬉しいです
ちびは20歳4ヶ月のトイプードルでした





















コメント
コメント一覧 (34)
家族以外でわざわざお見送りに来てくれた大家さんご夫婦に娘さん、
なんだかそれだけでももっと詳しくお話聞きたいです。
写真でチブリッツさんがどれだかわかりません! 笑 (一番左の方ですか?)
みんな可愛いくてオシャレ〜!
70年代にアメリカに行くなんて本当凄い。
私は1975年生まれなので、私が生まれる前にもうチブリッツさんは
日本に居なかったなんて!
お話の続き楽しみにしています
カルフォルニアのばあさん
が
しました
次回が楽しみです!!
写真のチブリッツさんは、黄色いワンピースの方ですか?
カルフォルニアのばあさん
が
しました
子供の頃から海外に憧れて…
でも結局日本から出て行くことが出来なかった私です。
どこか大胆なのに慣れ怖い性格はずっと変わりませんでした。
うっちゃんさんとのお話しで、『若かったからこそ出来たこと』と仰っていましたが、むしろ私は今、結婚離婚と経験をし、息子と二人になったからこそ飛び出して行けるような気もしています。
(実際はとても出来ることではないでしょうが笑)
chiblitsさんの渡米物語、とても楽しみにしております!!!
カルフォルニアのばあさん
が
しました
どなたかも書かれていましたが、私が生まれる前にもうアメリカの地を踏んでいらっしゃったとは!海外に住んだことのない私には物凄い冒険に思えます!
お写真も皆さん初々しくて可愛らしい☆
左のお嬢さんの雰囲気がとても素敵(人´ з`*)
カルフォルニアのばあさん
が
しました
旦那さま、頑張って気持ちを伝えたのでしょうか?🥰
渡米記シリーズ、ぜひ詳しく聞きたいです💕
カルフォルニアのばあさん
が
しました
大変でしたね。
飛行機でひとっ飛びよりも、思い出深い旅だったのでしょうね。
続きが楽しみです^_^
カルフォルニアのばあさん
が
しました
写真の皆さんがとても素敵で、品があって、 表情が素晴らしいです。同じ年頃のお嬢さん達がルームメイトで良かったですね。
素敵な渡米の始まりですね。私も次が楽しみです。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
1972年に船旅だったのですね。 長男が70年生まれで、私の父が顔を見て、一週間後に、視察旅行に二週間、アメリカを周り、帰って来ました。
海外には、その頃には、ほとんど飛行機でしたので、船旅はゆっくり旅をしたい、海が好き、と言う人たちが選んだのでしょうね。 その3年後に私たちは夫の仕事で、ニュージャージーに行きました。 その年の秋、昭和天皇が皇后さまを伴って、初の訪米で、夫婦揃って、菊のご紋章の招待状が届き、服装の説明がありました。ノーベル賞を受賞された江崎玲於奈(この字でしょうか?)さん御夫妻もいらして居て、茶会の後で、華麗に踊っていらっしゃいました。 私たちは
緊張して、食べ物に手を出すこと間なく、ただ棒のように突っ立て居ました。
その日以来、近所の人の、私たちを見る目が、がらりと変わったのを肌で感じました。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
当時なんて1ドル350円くらいの時代でしたっけ?740ドルでもかなり高級ですよね。
2週間の船旅もすごい!当時の皆さんはどうされてるんでしょうね。
続きが楽しみです。船旅だけにfood poisoningでしょうか?!
私が初めてアメリカに渡ったのは90年代初頭ですが全く記憶ないw
カルフォルニアのばあさん
が
しました
と 思いながら続きを楽しみにしています。
ちなみに1972年の私は 大学に行くためにバイトで授業料を貯めようと思って
せっせとバイトしていました。
大学に入ってもバイトしていました。
雲の上のお話を楽しみにしています。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
Chiblitsさんと思われる女性だけレイをしてる、レイはどう手に入れたのかと余計な思惑が浮かびました。きっと売店かどこかで買ったのですよね。それとも客船に、売り子さんが来たとか。
私は母が姉家族とともに、事前にタクシーを予約して、羽田まで見送りに来てくれました。
実家から遠いので断ったのですが。家族の飛行場での見送り、そんなに有り難くもなかったです。タクシーの金額を知って、それだったら皆で実家で食事の方が、と思いました。飛行場まで送ってくれた人もいたので、家族との別れは、何とも味気ないままに終わりました。それが寂しさを感じる暇もなかったです。
72年はそれほどまででもなかったのですが、73年は日本経済が急に成長したとのことで、日本人は凄いと他国の人の羨望になりました。九州のデパートの火事のニュースの記憶も。
後から知ったのですが、東京の医者 複数 同年代は、その頃アメリカ カリフォルニアで勉強してました。
アメリカとの政治的な緩和 推進とか、あったのでしょうか。
私は長い黒髪 ストレートでした。その頃の写真いっぱいありますよ。どんな人にも、それぞれの物語があるのですね。
こんなにもはっきりした綺麗な写真 どなたかと連絡のチャンスがあるような気がしてます。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
カルフォルニアのばあさん
が
しました
お写真もとっても可愛くて素敵です♡
続きが楽しみです。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
以前、その事を知って、私と同じ歳をアメリカで過ごしているのかぁ。と、1972年というだけで益々chibilitsさんを好きになりました。
その頃の話を色々教えてほしいです。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
ほぼ同年齢の私は、中高生時代にどんなにアメリカに憧れた事か・・・
それを実行に移された時のお話を聞かせてもらえるなんて。
凄い勇気と共に、どれほどの覚悟がいったことか・・・。
この年になると、その時のご両親様の気持ちはいかほどだったか、
なんか胸に迫るものがあります。
続きを楽しみにしてます。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
カルフォルニアのばあさん
が
しました