
椎茸パスタ
今 母親の介護の為に鹿児島に帰っている
いとこの絹子ちゃんから写真が数枚送ってきました
何と!5月に売却した実家の写真でした
(いとこの実家から歩いて7分位)
当然のことですが 門の表札が新しい住人の名前になっていました
後に懐かしい玄関が見えました
両親が玄関で出迎えてくれなくなった時に
とても寂しかったのですが もうそこに行く事もできなくなったのですね
2枚目の写真を見てびっくりしました
門からずっと裏庭まで続いていたさつきの植え込みが全部無い!
裏庭に入る所には 母が丹念に手入れをしていた
クレマチスのアーチも無い!

(図鑑からの画像ですがあまりにもそっくりでお借りしました)
父が肥料をやり孫達と芝刈りをしていた芝も無い
狸のつがいがよく水を飲んでいた水溜まりのある石も無い
毎年楽しみにしていた金柑の木も!

家だけがそのままで木一本残されずに 全部コンクリートになっていました
裏には大きなバンが駐車してあったので 駐車場になったのですね
買った方は直ぐ近くでビジネスを経営しているので
駐車場が欲しかったのかも
家が潰されるのも時間の問題でしょう
両親が亡くなってもう19年
この家は東京やカリフォルニアが大地震で家を失くした時
帰って来られるように売らないでおきなさい・・・と父が言いましたが
幸い大災害に会う事もなく 無事にここまできました
ここにはもう両親の面影が残っていません
これで良かったのです
写真を見て姉も私も気持ちが 吹っ切れました
亡くなった両親も19年守ってくれたからこれでいいと
思ってくれると思います
足を怪我してから歩く運動を控えています


明日くらいから再開かな
お手数をおかけしますが
色々とクリックしてくださると嬉しいです
ちびは20歳4ヶ月のトイプードルでした






















コメント
コメント一覧 (34)
満州引き揚げの悲惨な戦争体験から始まった私の人生、2ヶ月後には81歳になりますが、良いことも悪いことも、過去のことは、捨てるのではなく、そっと置いて、新しい毎日、その日を良い日にしましょうと過ごしています。
皐月の植え込みとクレマチスのアーチが美しいチブリッツさんのお家はいつまでも心の中にあることでしょう。ご両親が、亡くなられてからも、いつもそばに感じられるように。
カルフォルニアのばあさん
が
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そんな一言じゃ言い表せません
私は親の家に住んでいますが、親がしていたように庭をきれいにすることができなくて
それはそれは辛いです
庭のお掃除など頼んでも、両親が色々ときれいにしていた、丹念に育てていた木々とは違いますし、コロナやいろんな私事があって庭のお掃除も未だ今年はお願いすることができないので、本当にきたない庭は見たくないと言う感じですもの
せめて数は減ってしまったけれど、ずっと毎年咲いてくれていた花たちを来年も咲かせたいと思っています
私の場合、業者さんに頼むしかないのですけれど(不甲斐ない娘)
理屈を捏ねたり仕事をするため勉強したりするよりも、庭の木々を愛して育てる才能がある人間になりたかったです
木を一つ見ても、どう切ったらいいのかもわからないのです
全くそういう才能が備わっていないのだと思います(要するにぶきっちょ)
カルフォルニアのばあさん
が
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私が生まれた時は大工の棟梁さんだったお爺ちゃんが建てた、白い壁と漆塗りのburgundy色の板で中庭がある古い家だったのですが、お爺ちゃんが亡くなり、私が大学に出た時に両親が鉄筋コンクリートの家を建てました。とっても悲しかった。古い家って味があって、私は白と赤のコントラストが大好きだったのに。昔の家の階段の中くらいに窓があり、私は小さい頃良くそこに座って、大好きな日本の山を眺めていました。月をみると狼のように吠えたり。。。笑
母は今施設に入っているので、実家は誰も住んでいません。来月日本に行く時はこの家で暮らします。たまーに弟が母親に会いに行く時にこの家に泊まるそうです。
庭は業者に頼んで木の剪定とかしてもらっているようです。
私の家はやっと定年退職をしてから私が少しづつ、手を入れて行っています。前のオーナーがとっても大切にしていた大きなお庭なので、大変です。
Riding mowerに乗って、芝や草を刈っています。笑
カルフォルニアのばあさん
が
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日本でもこちらでも、引っ越す前に住んでいた家に違う車が停まっていたり、塗装が変わっていたりして、もうここは私が戻ることはないのだという現実を突きつけられ、なんとも言えない気持ちでした。
以前、当時一人だけ未婚で家に残っていた姉に母が言ったらしいのですが、もし母が父より先に亡くなったら、父はどこかの施設に入れて、この家も売り払えば良い、ということでした。姉の負担を考えれば、それは合理的ですが、やはり私の帰る場所が無くなるのは悲しいことでした。今はその姉も結婚して家を出て、父は認知症で長期入院、母一人で暮らしています。いつまでこの状態が続くのでしょうね。少なくとも私の子がある程度大きくなって、家族で帰省しなくなるまで?ちょっと我儘だし、10年以上というのは長過ぎでしょうか。
カルフォルニアのばあさん
が
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カルフォルニアのばあさん
が
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カルフォルニアのばあさん
が
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今年は湿度が高く、雑草も木々も伸びる❗️
加齢と共に汗にかぶれたりと日々色々な奮闘がある毎日です😊
お父様の言葉に胸が熱くなりました。
親の持つ愛はやはり深いものですね。
カルフォルニアのばあさん
が
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聞いてます。ネット環境が良いので そうなったんでしょうね。
移住生活という番組で見た事あります。
生まれ育った家って 色んな思い出を蘇らせてくれますよね。
その思い出を大事に持っておきましょう。私も持っています(笑)
カルフォルニアのばあさん
が
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私は、まだ、ここまで思い切れません。でも、いずれは…ですが。
ブログ読者が、とやかく言うべきではありませんが、でも、やるせないです。
カルフォルニアのばあさん
が
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私も10才の頃事情があって引越ししてから住んでいた家や周りの景色が恋しくてたまりませんでした。
大人になってから2度訪れましたが大好きだった市場は大手企業の社宅になったり遊び場だった空き地は住宅地となり寂しい気持ちで所々記憶を繋いで歩きました。当時の家も空き家になっており不動産屋の看板がでていたので近いうちに中を見せてもらいたいと思っていたのですがコロナで先延ばしにしている間にGoogle mapで更地になっているのを見ました。
数年前までならGoogle mapで遡って当時を見ることができますのでお母様のお花のアーチ見れたらいいのですが…
カルフォルニアのばあさん
が
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ちょっと知っている人で、長く住んでそこで子育てもし、住んでいる間にいろいろと自分仕様に手を入れた家屋と庭、売りに出して別の方が住み出して半年ほどした後に訪れた方が、「私が大事に育てた庭の何とかも、玄関に造りつけたかんとかも、それどころか門から玄関に続く通り道すら姿を変えていて、悔しくて泣いた」と仰ったのを聞いたことがあります。
でも売却するということは、そういうものだと思うのです。
新しい持ち主が好まないもの、必須であると思わないものは取り除かれてもしかたがないのですよね。
どうしても取り除かれたくなければ、手放さない以外に方法はありません。
ラスタくん、可愛いですね〜〜!
怪我をしても外の空気は吸いたいのでしょうか。
ストローラーを持って、疲れたらいつでも乗れるようにしてお散歩‥‥もいいかもしれませんね。
お散歩にはとても良い季節になりましたね。
カルフォルニアのばあさん
が
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私も前にお話ししましたが、まさに実家を終わりにしようとしています。
先日も、不動産屋さんの立ち合いでいったところ、みょうががどっさり取れました。
来月には、干し柿にするといいリンゴの大きさほどの柿がとれそうです。
初夏になれば、あんず、梅がどっさりなります。
若いころには見向きもしていなかった木々たちですが、母ができなくなってから、私がかわって、いろんなものを作ってきました。
せめてあんずや梅のころまで、残っていたらいいのになあと思います。
しかも、土地がお金に変わっても、自分の今の家を広くするとか、新しい家を建てるとかなんて希望もありませんから、わくわくしませんが、自分もこの先の時間がどれほどあるかわからなくなってくると、やはり、いつかは終わりにするしかないんでしょうね。
寂しい気持ち、お察しいたします。いとこさんも、きっと同じようなお気持ちでしょうね。
ラスタちゃん、かわいい目してるねえ。
カルフォルニアのばあさん
が
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私もそうやって1つずつ心に区切りをつけていくのだなぁと思いました。
カルフォルニアのばあさん
が
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今日はずしんと来まして、書かせて頂きます。
吹っ切れた気持ち 私も昔、味わいました。
祖父の時から100年も住んでいた家を両親が亡くなってから
2年ほどして手放しました。すぐ裏にお墓があるので、お参りの
たびに懐かしく見ていたら、ある時全部壊されて全く別の風景に
なっていました。
その時、吹っ切れました。
以来、お参りに行っても足を延ばすことはありません。
吹っ切れたという気持ちは今でも具体的には言い表せないです。
カルフォルニアのばあさん
が
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私もまもなくこの問題を解決しなければならないでしょう
92歳の母がいますが、私の弟妹は亡くなり、我々に子どもはいません。
子どもの頃は田んぼと畑しかなかったのに、今では住宅以外になにもないくらい変わってしまいました。不老水という井戸とその環境を守るために1300年代々住み続け、1000坪の敷地を守ってきた(家庭菜園と草取り)ご先祖様には申し訳ないけれど、いずれは手放す以外になさそうです。貧乏だったけどやっぱり思い出はいっぱいあります・・
カルフォルニアのばあさん
が
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物理的な思い出の場所はいつの間にかなくなってしまった。
でもChiblitsさんの心の中にはずっと残り続けます。
本当に素敵な温かいご家族だったのだとお話を聞いているだけでわかるような気がします。
Chiblitsさんの素敵なお庭作りはきっとご両親からの贈り物ですね。
カルフォルニアのばあさん
が
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カルフォルニアのばあさん
が
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