
低糖質の春雨スープ
私がアメリカに来たのは1972年
うっちゃんがアメリカに来たのは1973年
私は2年後にやっと貯金ができたので
緑色のフォードのピントを買いました
同じ頃うっちゃんも初めて新車を買いました
うっちゃんのは赤色のフォードのピントでした
うっちゃんは日本で8年間看護師をしてアメリカに来たので
就職は楽勝 アメリカ人の新卒よりも仕事ができるので
渡米して直ぐに仕事が決まったそうです
仕事をしながら猛勉強して
何と2年後に国家試験にパスしてRN(登録看護師)になりました
英語のハンディーがありながら凄いと思う
日本で8年の経験があるといっても 日本の医学用語はドイツ系
アメリカの医学用語と違いますから大変だったでしょう
英語も慣れない時 夜勤の電話番をさせられて
アメリカ人の同僚が耳が遠いから貴方が出てとか言われて
いきなり電話応対をさせられたそうです
私の銀行の電話番を思い出しました
うっちゃんは日系人の二世の方と結婚
二人の子供さんを育てながら ずっと仕事を続けて
65歳でスタンフォード大学病院を退職
アメリカでどんな不幸に会っても自立して行けるように
しっかりと職を持つ・・・ よく頑張ってきたね・・と言い合いました
最初から近くで生きてきたのに 50年後に私達の道が交差したようです
人生って面白い
本当に何があるか分からない
こんなことを夕食後に話していました
翌朝は 8時半 海岸のメインストリートに行って
朝ご飯を食べました 開いていたのはこことカフェだけ

こんな街に住んで朝ここにコーヒーを飲みに来たい

明日は土曜日 朝から混むのかな


新しい街で第二日目
嘔吐も下痢も止まりました 食欲旺盛

お手数をおかけしますが
色々とクリックしてくださると嬉しいです
ちびは20歳4ヶ月のトイプードルでした





















コメント
コメント一覧 (26)
猫は家に付き、犬は人に付くですかね。
うちの猫、数百メートルのお引越しで一番末っ子がまる二日ゲージから出てきませんでした😓
それにしても、とても気持ちの良い所ですね。
高校2年の夏休み、家族と初めて渡米しました。
その時に、サンタモニカとディズニーランドへ行きました。ちょうど、ホテルのTVでピンク・レディーが出演してました。懐かしいです。
カルフォルニアのばあさん
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カルフォルニアのばあさん
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ラスタちゃん、元気になって嬉しい!
うっちゃんさんがこちらに来られる時は、ラスタちゃんがお留守番は寂しいでしょうし、一緒では、うっちゃんさんがおひとりでは、大変ですね。
カルフォルニアのばあさん
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近くには大きなシニア村があり、そこにブリッジをやりに行くこともあります。
見慣れた街並みなはずです!
なんだかとても嬉しい!
近くのグルーマーさんとかでばったりラスタにあえないかしら…。PCH沿いにあるグルーマーさんです!
カルフォルニアのばあさん
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偶然ですが、私達夫婦が日本から1983年に渡米して最初に買った車も青のフォードのピントでした😊。中古車でしたけどね。私もアメリカで仕事をしながら大学で会計学を専攻し、公認会計士の資格を習得して、四年前にリタイヤーするまで働いていました。アメリカで自立をするということは本当に大切だといつも思っています。経済的に自立できるように学校で勉強したりアメリカの社会に慣れておくと、一人になった時でも大丈夫なような気がします。亡くなった姉もアメリカの大学を卒業して、臨床検査技師として働いていましたが、異国で頑張ってこられた先輩方の話を聞いて、とても誇りに思います。
カルフォルニアのばあさん
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こんにちは。高校生の夏にホームスティをしたり私もアメリカ カナダで生活する事が夢でした。でも一歩前進ができないで今の生活です。Chiblitsさんやうっちゃんさんやこのブログの読者さんも海外在住の方が多いようですが私より年が上の方々かなと思いますが凄くバイタリティーがあり尊敬します。手に職自立していかないと甘い気持ちでは生活していけないですね。海外での生活という夢は破れ定年退職したら海外旅行に沢山行こうという夢に変わりました。海外の地で頑張っていらっしゃる方々を尊敬致します。お身体にご留意ください。
カルフォルニアのばあさん
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海辺のカフェがある素敵な街へ移住したのですね。
アメリカで65歳まで勤めたとは素晴らしいです。
ニュースではアメリカのインフレがひどくて大変なイメージですが、そうでもないのでしょうか?
中間選挙でなんとか良い方へ向かうことを祈らずにはいられません。
カルフォルニアのばあさん
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私も異国の地でのんびり出来ないで暮らしてきた1人です。パリ在住の友人達は、日系企業や日本レストラン、免税店など結構簡単に仕事を見つけていましたが、地方在住ではそういう訳にも行かず、パリに単身赴任して日系企業で仕事をしていました。しかし子供が生まれたのをきっかけに退職、フランス語をマスターしていたこともあり、地方で就職しましたが、毎日残業で海外出張も多い職場で週末に呼び出されることも有りました。仕事と子育て、今考えてもどうやって生き抜いてきたのだろうと思います。
その頃お会いした地方在住の日本人の方の多くは専業主婦をやっておられましたし、子供さんを完全なバイリンガルにしたいから外に出て仕事をする気は無いとおっしゃる方も結構いらっしゃいました。家族と夕食を食べるのも、子供に日本語で話しかけるのも週末のみの生活で、悩んだ時期もありました。子供が5才になった時、思い切って「毎年日本に行くのと、毎年は行けないかもしれないけどお母さんが家にいるのとどっちがいい?」と聞いてみた結果、返ってきた返事は、仕事を続けて欲しいということでした。
今では何が良かったか分かりませんが、息子は外資でバリバリ働いている女性をパートナーに選んでいます。
カルフォルニアのばあさん
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時には努力しても実らないと思ってしまう時もありますが、
誰も見ていないと思われるところで一人で頑張っていても
誰かが、というか、神様は見てる、ということもあるんだと最近思うのです(笑)
私はどんどん歳をとるばっかりで、100パーセントどころか、人の何分の1くらいしか揃っていないと思うこともありますが
いやそれは違う、要するに考え方なのだと思うようになりました
(わからない文章ですみません)
年齢、関係なく、たまに話すご近所の方に元気をいただいて暮らすようになりました
直接お会いして飲食をともにするということはないのですが、話をするだけでありがたいことですね(独りよがりな私の考え方がまだまだ甘いということがわかるので
カルフォルニアのばあさん
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はじめてのアメリカは11歳でオハイオ、いちばん最近のアメリカは10年のラグナビーチ。そろそろ更新しなくちゃ!
カルフォルニアのばあさん
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ラスタちゃん、いつも通りのような顔してますね。
よかった。
私はChiblitsさんより少しだけ年下だと思いますが、これから先にも、よい意味で人生上のクロスが起きることを信じたいです。
最近、仕事上で知り合った方の飼い犬のことですが、その方がその犬に出会うより以前に、産まれてすぐのその子を、私が抱っこしてたのが分かったり、ほかにも、全然つながるはずもない人どおしの両方と知り合いになったり。
子供に、人ってどこでつながるかわかんないねえなんていってますが。
どこかで出会うように決まっていたのかな、、、なんて思うこともあります。
少しゆったりした気持ちになって、人生を楽しまないとですね。私には、難しそうですが。
素敵な街並みで、ゆっくりできましたか?
カルフォルニアのばあさん
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