セミドライトマト・ピザの作り方
セミドライトマトの作り方
ピザ生地の作り方
お友達の涙
一通の手紙と
カーテンの生地で作られた袋と
小さな針山が届きました
うっちゃんの99歳のお友達が
手縫いで作ったものです
綺麗な字で うっちゃん姉 2024年と書かれてありました
うっちゃん姉… 時代を感じる敬称です
考えると私の母も1925年生まれ
生きていたら 今99歳 同じ歳なのですね
99歳で針山を作られるお友達は
今日うっちゃんに会って泣かれました
お顔を両手で隠して泣かれました
たったの四ヶ月ぶりではないか…とは言えない
99歳にしか分からない涙でしょうね
なんか悲しくなりました
天井を向いて泣いた父を思い出して
泣かなくなった母を思い出して
鹿児島の95歳の叔母もわたしが電話をかけたら泣きました
又声を聞けたと思って嬉しくて
これが最後かもと思って寂しくて
涙が出るのでしょうね
犬達のフォトアルバム
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ちびは20歳4ヶ月のトイプードルでした
コメント
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2ヶ月ほどで83歳になる私でも、いつもこの瞬間が最後かしら、と思いながら暮らしていますもの。80歳をすぎてからは残されている時間をより良く過ごしましょう、と日々暮らしていますが、思いがけない健康上の問題が次々に起きて、まるで障害物競走の一番後ろでモタモタ走っているような気持です。
私は母が泣いている姿を見たことがありません。
胃がんから転移して、3ヶ月の余命と宣告され、入院していましたが、同居していた弟は胃潰瘍と伝えていました。次男を連れて春休みに出かけ、10日間、ほとんどを母の側で過ごしました。帰る日、また夏休みに来るわね、と言った私に、(じゃあね)と手を小さく振っただけでした。1ヶ月後に弟から電話があり、
(母さん、死んだーーー)。 二人で泣きました。そしてその弟が、今すい臓がんでステージ4の末期と言われながら5年目に入り闘病中。兄は胃がんで10年前に亡くなりました。今、弟を失う日を怖れています。人生は美しく、そして本当に哀しい。
うっちゃんさんの大腸検査無事に終わって、よかったです。
ラスタちゃん、元気で可愛くて安心しました。
チブリッツさんのお口の痛みが治まって、とっても嬉しいです!
カルフォルニアのばあさん
がしました
カルフォルニアのばあさん
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私が20歳を少し過ぎた頃、なんかの拍子に、幼い頃、母からの仕打ちを口にしたことがあって、そしたら、正座していた母がそのまま後ろにひっくり返って号泣。
その仕打ちとは、私が5〜6歳のころの夕暮れ時、一日独りぼっちだったわたしは母が恋しくて、野良仕事から帰った母にまとわりついた、そしたらなんと母は私から逃げまわったのです。母もどこか虫の居所が悪かったのでしょう。
邪険にされたわたしは大泣きして母を追いかける。母は逃げ続ける。この出来事は今でも鮮明に覚えていて忘れたことはありません。そのことを20歳過ぎの頃につい口に出した。「あのときお母さんは逃げたよね…」
母の慟哭には大変びっくりしたのですが「あぁ、母もこんあにも傷ついていたのか…」と。(その時は実母と思っていたが母は継母でした。)
現在私は、遠く母と離れて暮らしていますが、何かにつけ母を思い出してはこの時のこと(母が慟哭したこと)を思い出します。人の哀しさのようなものを感じることがあります。
カルフォルニアのばあさん
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両親が苦手ですが、連絡しようと思いました。
カルフォルニアのばあさん
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